天然水の水割り

共感と批判と肯定と否定と受容を求めて綴ります。

「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか」を読んで               

 ファッションから読み解く美意識

 
1. はじめに
 
これはどこの大学でも一定数いると思うのだが、大学生になって海外に興味を持ち始め旅行する人が存在する。かくいう私もその一人であり、自身の経験に基づいて説明するとこういうことをする人たちは高校卒業まで親の敷いたレールのうえで生きてきた人が大半である。ほかに大して考えることもなく勉強だけをしてきて大学に合格し、いざ大学生になってみるといままで自分たちを縛っていた親やルールといった周りの影響は薄くなり、自分と向き合う時間が増える。そこで自分のこれまで生きて学んできたものに対し疑問を覚え、井の中から逃げ出すために海外へ行く、という道を辿るのだ。まあ一週間やそこらの旅行から得る経験で人が変われると考えるのもおかしな話であるが。
 さて、今回の課題図書では「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」という筆者の問いに対して答えが大きく三つ述べられている。論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつあること、世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつあるということ、システムの変化にルールの制定が追い付かない状況が発生しているということ、の三つだ。このうち三つ目の答えに対し筆者は美意識を持つということと自分の所属するコミュニティーに定められている狭い掟を見破れるような異文化体験をすることが大切である、と述べている(山口周、2017、1章)。私が冒頭であげた話はこの「異文化体験」であり、これをする大学生は美意識を鍛えようともがいているともとれる。いずれにせよ筆者の考えに則ると、企業のエリートと呼ばれる人たちに今後必要になってくるスキルと一定数存在する類の大学生には共通するものがあり、ゆえに我々大学生はこのエリートである人の美意識について知ることも大切になるのかもしれない。
 
2. ZOZOTOWNと「ワクワク」
 
 美意識がビジネスの世界でなぜ重要になってくるのか、筆者が挙げている一つ目の答えは「論理的・理性的な情報処理スキルの限界」である。経営における意思決定の方法としてはいくつかのアプローチがあり、それは論理、直感、理性、感性である。直感と感性については我々日本人にとってはビジネスとあまり馴染みがないフレーズであり、実際日本企業のほとんどは論理と理性をその意思決定に用いてきた。それは日本人がビジネスにおいて論理的であり直感的であることをより高く評価する傾向があるからである(山口周、2017、1章)。たしかに普段の会話でもなにかチャレンジしようとするときには直感や感性で判断しようとするとほかの人に虐げられる場合は多々ある。無論筆者の言うようにただ単に直感に頼るのではなく、論理や理性で考えてもシロかクロか判断がつかない場合に直感を頼りにしたほうがいいということであるが。
 論理と理性に頼る問題点については「時間」と「差別化の喪失」の二種類が挙げられている。前者はビジネスの世界において問題を構成する因子が増加し、かつその関係が同的に変化するなかでは論理と理性のみに頼って答えを見出そうとすると経営における意思決定の膠着と、その結果としてのビジネスの停滞がおこるというものである。後者は論理的かつ理性的に意思決定をすることに対し皆が同じ方法で戦うため消耗戦をするような現状が起こっている、というものである。筆者はここで意思決定のバランスをミンツバーグの言葉を用いてアート、クラフト、サイエンスの三つの組み合わせから分析している。これまで成長してきた企業は強烈なビジョンを掲げアートで牽引するトップの脇をサイエンスやクラフトで強みを持つひとが支える。ここでいうビジョンとは自分の美意識に則ったものであり、人をワクワクさせるようなものである、と。私はこのようなアートを重視した企業についてスタートトゥデイが運営するファッションのECサイトであるZOZOTOWNの事例をもとに考察していきたい。ファッションのECサイトを扱うZOZOTOWNは百貨店やアパレルの不況がうたわれる現在年間670万人以上に利用され業績は上場してから10期連続で増えている。営業利益ではすでに三越伊勢丹ホールディングスを超えるまでになっている。本来なら服は試着してから購入されるものでありファッションとECは成功しないと言われていたうえに、ZOZOTOWNは価格も高めに設定されている。筆者の言葉を使えば通販では安売りや客の囲い込みがクラフトになるがZOZOTOWNはここに「格好良さ」というアートを持ち込んだ。ブランドの世界観をいかに消費者に伝えるかを徹底してサイトデザインなどをこだわりまくり、規模が拡大してもその格好良さを保つために、取り扱う商品の選別に気を遣うことで感度の高い若者の心をつかんだ。これによってZOZOTOWNで買い物をした人の平均購入額は約4万となっており、客単価も高い。
「要するにZOZOTOWNというブランドそのものが、消費者の憧れを誘うキラキラした価値観を発している。そのキラキラ感を損なわぬよう、みごとな手綱さばきをみせているのが前澤CEOだ。前澤氏は顧客との関係を友達であり、仲間であり、パートナーである、と表現する。彼の中では、企業と顧客は当然のごとく対等なのだ。(※1)
前澤氏にとって本来の目的は世界平和と愛を大切にすることであり、人の役に立ちお互い幸せになりながら楽しんで働くのが第一である。そのため顧客に対してはZOZOTOWNのサイト上で誰かへの「ありがとう」を自由に投稿や閲覧をできるサービスを提供することで顧客と友達関係のような距離に近づくことが可能になっている。社員に対しても基本給とボーナスを従業員一律にし、どれだけ働いてもサボっても、同じ給料がもらえるという給与制度がある環境を提供している。これは給料一律にし、社内競争を排除することで、社員に顧客のことを考える時間を増やすという社長の想いからきている。また、一日の労働時間を6時間にするという取り組みもしている。
「6時間労働は、社員に勤務時間以外の時間をより豊かに活用してもらうことが狙いである。もちろんこれには社員が自分のしている仕事の密度を濃くしなければなりません。仕事に集中して取り組むからこそプライベートをしっかり確保でき、仕事もプライベートも楽しむことで精神的な充足感を得られ、仕事でおもしろいアウトプットが生まれやすくなる、といった好循環が期待できる藤野英人、2013、p44-45)。」
ここまでZOZOTOWNをみてきて、感性から生まれる「ワクワク」を顧客だけでなく社員にも体験させるために社長自身がアートを様々な面で持ち込んでいると感じる。そしてそれは顧客が誰かに感謝を伝えられるような場の提供であったり、社員どうしでギスギスせず楽しむような環境づくりといった美意識に則ったものであると考える。事実、前澤氏はアート作品へのお金のつぎ込み方も尋常ではなく、現代美術にとどまらず茶道具、モダン家具のコレクターであるなど自分の感性に合う美術品を掘り下げ常に美意識を鍛えているような人物だ。要するにアートで牽引するトップがいることでビジョンから「ワクワク」が生まれ、それは顧客や社員など会社の内外に伝染するのだろう。
 
3. ルイヴィトンの「記号」
 
筆者が挙げている二つ目の答えは「巨大な自己実現欲求の市場の登場」である。ここでは美意識についてマーケティング的な側面から考察されている。市場のライフサイクルの変化に伴い消費者が求めるベネフィットも最終的には自己実現的便益へ変わっていき、消費の記号化が起こる。これは「全ての消費されるモノやサービスはファッション的側面で競争せざるを得ない(山口周、2017、2章)。」ということである。これはつまり言語化が可能なものは全てコピーできるという現状の中で、イノベーションの先に何を求めるかということであり、筆者はこれに対しアップル社を例に挙げて「ストーリーと世界観」と言っている。この二つには企業の美意識がダイレクトに反映されるのであるから、その美意識には高水準が求められる。私はこの考えに対してルイヴィトンをもとに考察していきたい。日本人の五人に一人が持っていると言われているルイヴィトンは、そのロイヤリティーを顧客に提供することで「あの人はああいう人なのだ。」と消費の記号化に繋げている。セレクティブ・マーケティングと呼ばれる、生産量が限られた高級品を売るのに特化したマーケティング手法をとっているヴィトンは、その高級感を維持するためにバーゲンセールをしないことで購入した顧客に対して値下がりをしないという安心感を与える。また、テレビCMを行わないことによってチープさを出さないようにしている。また、「顧客の信頼を勝ち取り、ルイヴィトンのブランド力に安定感を与えるサービスとして名高いのはリペアサービスである。(長沢伸也、2007、p6)」これはつまりよいものを長く使えるという認識を与えることで安心感を与え顧客離れを防ぐような効果がある。つまり、ヴィトンはそのロイヤリティーを顧客に認識させるための徹底したマーケティングにより消費の記号化を可能にしているのだ。美意識の観点から言うとブランドごとのデザイナーの感性や販売員におもてなしの心などの人的資源を結集させることで顧客に買い物の楽しさを提供している。ゆえに私は美意識に則った世界観やストーリーの構築にはやはりマーケティングやアフターサービスなどのクラフト的な側面も必要などではないかと考えた。そしてそれがコピー化された製品との差別化に繋がるのではないだろうか。
 
4. ZARA自然法的思考
 
そして最後、三つ目の答えは「システムの変化にルールが追い付かない」ということである。昨今、DeNAをはじめとしたネットベンチャーが社会問題を発生させる経緯としては、実定法主義に基づいた意思決定によって「開始の判断=経済性、廃止の判断=外部からの圧力(山口周、2017、3章)」という構造になっているため、美意識のような内部的な規範が機能していない、ということが挙げられる。これは「法令不遡及の原則」がありながらもシステムの急激な変化に対する法の整備が追い付いていないためか、後出しジャンケンで違法とされてしまうケースが多々あるからである。このような現状がある以上、実定法主義とは反対の考え方である自然法的な考え方が重要になってくる。言い換えれば「美意識」の基準に基づいたものでなければならない、ということになる。ここで筆者は「好業績を継続的に上げている企業には、社是としてこのような美意識を掲げている企業が、少なくない(山口周、2017、3章)。」と言っており、これについて考察してみる。これについて私が注目したのはZARAとその創業者アマンシオ・オルテガである。彼はZARAを立ち上げてから40年後の現在、資産679ドルを所有して、フォーブスの長者番付4位にランキングしている。ZARAは生産と販売を一貫させた生産直販ファストファッションというイノベーションを生み出し急成長していった。そんなアマンシオ・オルテガが掲げている販売哲学は引用させてもらうと
 「店員はいつも優しい視線を持っていること。レジではいつも笑顔で対応すること。手には常にボールペンを持っていること。※2
などとなっており、さらに経営について重視することについても、常に道理にかなったことに基づいて決定すべきことや人を指揮することよりも手助けするべきだ、などとしている。これこそまさに筆者の言う「自然法的」な考え方に則った経営ではないだろうか。もちろん外部性を伴うが、その販売哲学や経営理念は創業者の美意識に基づいた内部的なものである。
 
5. おわりに
 ここまで筆者の考え方を成功事例をもとに考察すると、美意識を鍛えることはやはり今の時代に必要とされているのではないだろうか。しかし、やがてそれも鍛えられた美意識としてクラフト化される懸念があり、ただでさえ遅れをとっている日本はまた別の方法も考えつつ美意識を鍛えなくてはならないと私は考える。
 
6. 参考
山口周(2017)『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』光文社新書
長沢伸也(2007)『ルイ・ヴィトンの法則』東洋経済新報社
藤野英人(2013)『5700人の社長と会ったカリスマファンドマネージャーが明かす儲かる会社、つぶれる会社の法則』ダイヤモンド社
※1 PRESIDENT Online「なぜ、試着できないゾゾタウンで服が売れるか」
   http://president.jp/articles/-/1095、2017年12月24日アクセス可能
※2 HARBOR BUSINESS Online「ファスト・ファッションの王、ZARA・アマンシオ・オルテガの経営哲学」
   https://hbol.jp/42523?display=b、2017年12月24日アクセス可能
 
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